外は朝靄に包まれ前は殆ど見えない。
いつもは馬車で出かけるが今日は徒歩だ。
目的地に向かう途中、花を買った。

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花のように笑う人だった。
光に透ける柔らかな髪が一層彼女の笑顔を引き立たせた。
輝くその笑顔で大切に抱えた『ソレ』を俺に見せてこう言った。
「あなたの従弟よ。仲良くしてね」
彼女はやさしく笑って『ソレ』を俺に見せた。
彼女の腕に大切そうに包まれた小さな『ソレ』がとても憎かった。
『ソレ』に手を伸ばすと彼女に似た笑顔で俺の指を握った。


それからも俺は彼女の家に今までのように通った。
父やおばあ様には小言を言われたが気にはならなかった。
家に飾られた肖像画の母によく似た彼女に会えることの方が楽しかった。
彼女は小さな家に住んでみすぼらしい恰好をしていたがそれに劣らない知性と教養をもっていた。
そして何より母の話を沢山してくれた。
子供の頃、よく入れ替わって周りを驚かせたとか、結婚して俺を生んだ時には二人で泣いて喜んだとか。
俺は小さすぎて母が亡くなった事は覚えていないが召される間際まで俺を愛していると言い続けたとか
亡くなった自分の半身、双子の姉の話を悲しみを押し殺しながら笑顔で話してくれた。
そんな彼女に母の姿を見ていたのかもしれない。

母と彼女は名家の長女と次女として生まれた。
母が結婚、出産した後、縁談の話を幾つも断り母が亡くなった頃、考古学者の旦那さんと駆け落ちしたらしかった。
それでも俺の事が気になり追っ手の目を掻い潜ってこっそり会いに来てくれて、俺も訪ねて行く様になっていた。
そんな日が1〜2年続いていた。


『ソレ』が俺の指を握って数か月した頃だった。
彼女の家に行くと家は荒らされ誰もいなかった。辺りを探したが彼女も『ソレ』もいなかった。
呆然と立ち尽くしふと目に入った小さな鉢植えの下に何かある。紙だ!
地図だった。

その地図を手掛かりに歩を進める。気が付くと走り出していた。
心臓がドキドキして泣きそうだった。
彼女に会いたい。


そこは町はずれの小さな本屋の様だった。

ギィィィィ

古い木戸が音を立てて開いた。
中は思ったより広くて見たこともないような本が天井にまで続く本棚に並べてある。
ひとつ深呼吸をして声をかける。
「誰かいますか?」
返事はない。
もう一度少し大きな声で声をかける。
「誰かいませんか?」

どこまでも続くように感じる静かな空間。
その時、後ろから肩をたたかれた。
振り返るとそこには見た事のない女性と、その手には『ソレ』が抱かれていた。
その女性は唖然と立ち尽くす俺に「あなた、つくし君?待ってたわ」と俺を奥へいざなった。
この小さな本屋のどこへこれほどの空間があるのかと戸惑う程の距離を歩き三つの扉を抜けた先の部屋で座って待つように促された。
数分後、女性は紅茶とお茶菓子を持って帰ってきた。
そして俺に進めた後、ポケットから封筒をひとつ取り出した。俺宛だった。
受け取った封筒から目を話し女性を見る。小さくうなずき『ソレ』の相手をする女性。
封を開けると彼女の綺麗な文字で数枚の手紙がしたためられていた。
まだ生家からの追っ手が探し回っていたこと、居場所がばれた事、子供の存在を知られ後継ぎとして連れ去られそうなこと
この土地を離れること、落ち着いたら必ず連絡を入れること・・・。
そこで、ふと気が付いた。どうして『ソレ』がここにいるのか?
『ソレ』をあやしながら読み終わるのを待っていた女性は『ソレ』を見つめる俺に気が付き口を開いた。

「この子のご両親は亡くなられました」

頭を殴られたようなそんな衝撃だった。不安な妄想で終わってほしかった。
それでも女性は言葉を終わらせなかった。
「幼い貴方には辛い事かもしれない。でも、彼女の意思だから知っておいてほしい」と。
女性と彼女は女学校時代からの親友だった。お互い学校を出てからも連絡を取り合っていた。
俺の母が亡くなり俺の事が心配でそばから離れられない事。でも自分の子供も守らないといけない事。
自分が去った後、手紙を渡し気に留めてほしいと頼まれていたこと。
そして『ソレ』を預け街を出る準備をしに家へ帰っている時に追っ手が来て逃げている途中で馬車が谷底へ落ちてしまったこと。
彼女の遺体も旦那さんの遺体も見つからなかったこと。

頭の中で女性の言葉がグルグルと回っていてピースを当てはめる事を拒否しているようだった。

ふぇぇぇぇぇ

静かな空間に『ソレ』の泣き声が響いた。
女性は「ミルクを用意してくるから」と『ソレ』を俺に預け部屋を出て行った。
呆然と抱える俺の指を握り『まる』が笑った。
その時誓ったんだ。俺が『まる』を守るって。



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朝靄も晴れ町はずれの本屋【万華鏡堂】の前に人影が見える。
「!つくし!遅いよ!!お墓参りについてくるって言ったのつくしでしょ!?」
そういって彼女に似た笑顔で『まる』が笑った。



                        Fin
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そして超過保護なドSつくしへと成長していったのであった・・・。

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